有限尊重原理
結合散逸系における生存性の大域的解析と証明可能実装

GhostDrift Mathematical Institute
Abstract 本稿は、一般化されたヒルベルト空間上の結合微分包含系(Coupled Differential Inclusions)において、各部分系が所定の閉集合内に留まるための必要十分条件を確立することを目的とする。各閉包の境界におけるベクトル場の挙動をスペクトル理論の観点から解析し、自己散逸作用素が相互作用による摂動を優越するための「有限尊重条件(Finite Respect Condition)」を導出する。主定理として、予算不等式が成立することと、積空間における生存核(Viability Kernel)が大域的に保存されることの同値性(Harmony Equivalence)を証明する。この数学的構造は、$\Sigma_1$ 算術に基づく検証可能な証明書として実装され、分散システムにおける自律的な安全保証の基礎を与えるものである。

1. 序論

公理 (Principle over Patent)
有限尊重原理(The Finite Respect Principle)は、システム間の共存を規定する倫理的かつ数理的な公理である。本稿で確立される予算不等式条件 $\Budget_i \le \kappa_i \ell_i$ およびその $\Sigma_{1}$ 検証アルゴリズムは、普遍的な公共財として公開される。この開放性は、具体的な制御機構や実装技術の特許性を否定するものではなく、それらが従うべきメタ・ルールを提示するものである。

相互結合力学系の安定性解析は、現代数理科学における中心的課題の一つである。特に、各サブシステムが固有のエネルギー汎関数 $V_i$ を持ち、ある閾値 $R_i$ 以下の領域(有限閉包)で動作することを要求される場合、系全体の安全性は、個々の散逸性と相互干渉のバランスに強く依存する。

本稿は、ブーリガン(Bouligand)の接錐条件を用いた生存性理論(Viability Theory)の枠組みにおいて、複数の閉包が互いの境界を侵害することなく共存するための厳密な条件、すなわち「有限尊重原理」を定式化することを目的とする。具体的には、古典的なゲルシュゴリンの円板定理を非線形作用素の文脈へ拡張し、境界におけるエネルギー流束の優越性が、大域的な不変集合の存在と同値であることを示す。

本稿の立場は、Aubin–Cellina (1984), Aubin–Frankowska (1990), Cârjă–Necula–Vrabie (2007) らによる古典的生存性理論の系譜に属する。一方で、ネットワーク化された散逸系の解析という観点においては、Dashkovskiy–Rüffer–Wirth (2010, 2011) や Arcak (2016) による小ゲイン定理および散逸性理論と軌を一にするものである。本稿の主眼は、これらを「有限尊重原理」という統一的な幾何学的条件下で再構成し、$\Sigma_1$ 証明書として計算機実装可能な形式へと昇華させることにある。

2. 数学的定式化

$\H = \bigoplus_{i=1}^N \H_i$ を実ヒルベルト空間の直和とし、各部分空間 $\H_i$ 上の状態変数を $x_i \in \H_i$ とする。 各部分系 $i$ に対し、リアプノフ候補関数 $V_i: \H_i \to \R_{\ge 0}$ および許容閉集合 $$ \Omega_i := \set{ x_i \in \H_i \mid V_i(x_i) \le R_i } $$ を定義する。全系の状態空間における積閉包を $\Omega := \prod_{i=1}^N \Omega_i$ と置く。

議論の厳密性を確保するため、本稿では主として解析の対象を $$ \H_i \cong \R^{n_i} $$ (有限次元の実ベクトル空間、標準ユークリッド内積によるノルム)とする。 このとき、閉かつ有界な集合は強位相に関してコンパクトであり、 リアプノフ関数 $V_i$ のレベル集合 $\Omega_i$ も適切な強制性のもとでコンパクトとなる。 (より一般の無限次元ヒルベルト空間へ拡張する場合には、 レベル集合の弱コンパクト性を仮定し、 以下の議論を弱位相に沿って展開することで同様の結果が得られる。)

システムの時間発展は、以下の微分包含式によって記述されるものとする。 $$ \dot{x}_i(t) \in F_i(x(t)) - \partial \phi_i(x_i(t)), \quad \text{a.e. } t \ge 0 $$ ここで $F_i$ は相互作用を含むベクトル場、$\partial \phi_i$ は散逸ポテンシャルの劣微分を表す。解の存在と一意性を保証するため、以下の正則性条件を課す。

定義 2.1 (正則性とフィリポフ解).
写像 $F: \H \to 2^{\H}$ は上半連続であり、空でないコンパクト凸集合の値をとる(Filippov正則性)と仮定する。さらに、$V_i$ は $C^1$ 級であり、その勾配 $\nabla V_i$ はリプシッツ連続であるとする。
注釈 2.1' (フィリポフ解の存在と意味付け).
上記の正則性仮定のもとで、$F$ が局所有界かつ線形増大条件を満たすとき、任意の初期値 $x(0) = x_0 \in \Omega$ に対して、 絶対連続な曲線 $x: [0, +\infty) \to \H$ で $$ \dot{x}(t) \in F(x(t)) - \partial \phi(x(t)) \quad \text{a.e. } t \ge 0 $$ を満たすフィリポフ解 (Filippov solution)が存在することが知られている。 さらに、$F$ が一方リプシッツ (one-sided Lipschitz) 条件や単調性を満たす場合には、 与えられた初期値に対するフィリポフ解は準一意的に定まる (古典的な結果として Filippov (1988)、Aubin--Cellina (1984) などを参照)。
本稿において、すべての軌道 $x(t)$ はこの意味でのフィリポフ解であると約束し、 以下の不変性・生存性の議論はこのクラスの解に対して行う。

微分包含式およびフィリポフ解の基礎理論については、Aubin–Cellina (1984) や Filippov (1988) の古典的著作を参照されたい。近年では、距離空間上のシステムへの拡張 (Badreddine–Frankowska, 2022) や Stieltjes 型微分包含への一般化 (Satco–Smyrlis, 2023) なども活発に研究されているが、本稿では理論の堅牢性と実装の容易さを重視し、有限次元ユークリッド空間における標準的な設定に焦点を絞る。

各部分系の「タスク強度」を測る観測作用素 $\T_i: \H_i \to \R_{\ge 0}$ を導入する(具体的には $\T_i(x_i) = \norm{\K_i * x_i}$ のような畳み込み形式を想定するが、ここではより一般的に扱う)。

仮定 2.2 (散逸と干渉の構造).
各軌道 $x(t)$ に沿って、エネルギー $V_i$ の時間微分は以下の評価を満たすとする。 $$ \frac{\diff}{\diff t}V_i(x_i(t)) \le - \kappa_i \bigl( \T_i(x_i) \bigr)^2 + \T_i(x_i) \sum_{j \neq i} \beta_{ij} \T_j(x_j) $$ ここで、$\kappa_i > 0$ は自己散逸定数、$\beta_{ij} \ge 0$ は系 $j$ から系 $i$ への干渉係数を表す。

さらに、境界 $\partial \Omega_i = \set{ x_i \mid V_i(x_i) = R_i }$ 上における観測量の振る舞いを特徴付けるため、以下のノルム同値性を仮定する。

仮定 2.3 (境界における一様有界性).
任意の $i$ に対し、定数 $m_i, L_i, \alpha_i, \zeta_i > 0$ が存在し、境界条件 $V_i(x_i) = R_i$ の下で次が成り立つ。 $$ \ell_i := m_i \sqrt{\frac{R_i}{\zeta_i}} \;\le\; \T_i(x_i) \;\le\; L_i \sqrt{\frac{R_i}{\alpha_i}} =: u_i^{\max} $$
注釈 2.3' (コンパクト性と端点の実現).
厳密性を期すため、以降の議論では次を追加で仮定する。
  • 各 $V_i$ は強制的 (coercive) であり、レベル集合 $$ \Omega_i = \{ x_i \in \H_i \mid V_i(x_i) \le R_i \} $$ は $\H_i$ の(有限次元の場合には)強位相に関してコンパクトである (無限次元の場合には弱位相に関する相対コンパクト性を仮定すれば同様の議論が成立する)。
  • 観測作用素 $\T_i : \H_i \to \R_{\ge 0}$ は連続である。
このとき境界 $\partial\Omega_i = \{ x_i \mid V_i(x_i) = R_i \}$ はコンパクトであり, 連続関数 $\T_i$ の最小値・最大値は境界上で実現される。 したがって仮定 2.3 における定数は $$ \ell_i = \min_{x_i \in \partial\Omega_i} \T_i(x_i), \qquad u_i^{\max} = \max_{x_i \in \partial\Omega_i} \T_i(x_i) $$ と見做して一般性を失わない。特に,各 $i$ について $\T_i(x_i) = \ell_i$ を満たす境界点と $\T_i(x_i) = u_i^{\max}$ を満たす境界点が少なくとも 1 つずつ存在する。
補題 2.4 (レベル集合の接錐と法線ベクトル).
各 $i$ について、集合 $$ \Omega_i = \set{ x_i \in \H_i \mid V_i(x_i) \le R_i } $$ を考える。$V_i \in C^1(\H_i)$ であり、境界上 $V_i(x_i)=R_i$ において $\nabla V_i(x_i) \neq 0$ が成立すると仮定する。 このとき、Bouligand 接錐 $T_{\Omega_i}(x_i)$ は $$ T_{\Omega_i}(x_i) = \set{ v_i \in \H_i \mid \inner{\nabla V_i(x_i)}{v_i} \le 0 } $$ で与えられる。 したがって、積集合 $\Omega = \prod_{i=1}^N \Omega_i$ に対しては、 任意の $x \in \partial \Omega$ と $v = (v_1,\dots,v_N) \in \H$ に対し $$ v \in T_{\Omega}(x) \quad\Longleftrightarrow\quad \forall i \text{ with } V_i(x_i) = R_i,\ \inner{\nabla V_i(x_i)}{v_i} \le 0 $$ が成り立つ。
注釈 2.5 (ナグモ条件と $\dot{V}_i$ の対応).
補題 2.4 より、微分包含 $\dot{x} \in F(x)$ に対するナグモ条件 $$ F(x) \cap T_{\Omega}(x) \neq \emptyset $$ は、境界上の各 $i$ について $$ \sup_{v \in F_i(x)} \inner{\nabla V_i(x_i)}{v} \le 0 $$ が成り立つことと同値である。 これは、リアプノフ関数の時間微分 $$ \dot{V}_i(x_i(t)) = \inner{\nabla V_i(x_i(t))}{\dot{x}_i(t)} $$ が境界上で非正である、という条件に他ならない。 したがって、定理 3.2 の証明における 「$T_{\Omega}(x)$-型の接錐条件」と「$\dot{V}_i \le 0$ 型のエネルギー評価」 の橋渡しは、補題 2.4 によって厳密に正当化される。

Bouligand 接錐を用いた不変条件の記述は、Aubin (1990) や Aubin–Frankowska (1990) 以来の標準的な手法である。近年では、多面体や楕円体など具体的な集合に対する Nagumo 条件の適用 (Song, 2022; Lv et al., 2023) や、Wasserstein 空間 (Bonnet-Weill et al., 2025)・一般化された接錐 (Eftekharinasab, 2023; Preprint 2025) への理論拡張が進められている。本稿の有限尊重原理は、これらの幾何学的条件を「予算不等式」という代数的な形式に落とし込むことで、検証コストを大幅に低減させている。

3. 主定理:有限尊重原理

システムの生存性(Viability)、すなわち任意の初期値 $x(0) \in \Omega$ に対して解 $x(t)$ が全ての $t \ge 0$ において $\Omega$ 内に留まるための条件を導出する。

定義 3.1 (尊重予算).
各系 $i$ に対し、最大干渉流入量(Budget)を以下で定義する。 $$ \Budget_i(\mathbf{R}) := \sum_{j \neq i} \beta_{ij} u_j^{\max} = \sum_{j \neq i} \beta_{ij} L_j \sqrt{\frac{R_j}{\alpha_j}} $$
定理 3.2 (大域的生存性の有限尊重原理).
全ての $i \in \{1, \dots, N\}$ において、以下の不等式(尊重条件)が成立すると仮定する。 $$ \Budget_i(\mathbf{R}) \le \kappa_i \ell_i $$ このとき、積閉包 $\Omega$ は前方不変(Forward Invariant)である。すなわち、 $$ \forall x_0 \in \Omega, \;\forall t \ge 0 \implies x(t) \in \Omega. $$
証明.
ナグモの定理(Nagumo's Theorem)の現代的定式化によれば、閉集合 $\Omega$ が微分包含式 $\dot{x} \in F(x)$ に対して不変であるための必要十分条件は、任意の境界点 $x \in \partial \Omega$ において、ベクトル場 $F(x)$ と $\Omega$ のブーリガン接錐 $T_{\Omega}(x)$ との共通部分が空でないことである: $$ F(x) \cap T_{\Omega}(x) \neq \emptyset. $$ $\Omega$ は直積集合であるため、各成分ごとの境界 $\partial \Omega_i$ における条件を確認すれば十分である。 ある $i$ について $x \in \partial \Omega_i \times \prod_{j \neq i} \Omega_j$ とする。このとき $V_i(x_i) = R_i$ であり、$V_j(x_j) \le R_j$ ($j \neq i$) である。 $V_i$ のレベル集合に対する外向き法線ベクトルは $\nabla V_i(x_i)$ である。不変性のための条件は、$\dot{V}_i \le 0$、すなわち内積の意味で $$ \sup_{v \in F_i(x)} \inner{\nabla V_i(x_i)}{v} \le 0 $$ となることである。 仮定 2.2 より、 $$ \dot{V}_i \le -\kappa_i \bigl( \T_i(x_i) \bigr)^2 + \T_i(x_i) \sum_{j \neq i} \beta_{ij} \T_j(x_j). $$ ここで境界上の評価(仮定 2.3)を用いる。$V_i(x_i)=R_i$ 上で $\T_i(x_i) \ge \ell_i$、および $V_j(x_j) \le R_j$ 上で $\T_j(x_j) \le u_j^{\max}$ が成り立つ。 さらに $f(t) = -\kappa_i t^2 + A t$ は $t \ge A/2\kappa_i$ において減少関数であることに注意する(尊重条件は通常、動作点がこの減少領域にあることを含意する)。 最悪ケースを評価すると、 $$ \begin{aligned} \dot{V}_i &\le -\kappa_i \ell_i^2 + \ell_i \sum_{j \neq i} \beta_{ij} u_j^{\max} \\ &= \ell_i \left( -\kappa_i \ell_i + \Budget_i(\mathbf{R}) \right). \end{aligned} $$ 仮定より $\Budget_i(\mathbf{R}) \le \kappa_i \ell_i$ であるから、 $$ \dot{V}_i \le \ell_i \cdot 0 = 0. $$ したがって、境界上のベクトル場は $\Omega$ の内側、あるいは接平面方向を向いており、ナグモ条件が満たされる。
注釈 3.3 (小ゲイン定理との対応).
ここで導出された予算不等式条件 $\Budget_i(\mathbf{R}) \le \kappa_i \ell_i$ は、散逸的ネットワークに対する小ゲイン条件と同型である。特に Dashkovskiy–Rüffer–Wirth (2010, 2011) や Arcak (2016) における行列表現と比較すると、本原理は「ゲイン行列のスペクトル半径条件」の一種として解釈可能である。
注釈 3.4 (スペクトル解析的視点).
行列 $M \in \R^{N \times N}$ を $M_{ii} = \kappa_i \ell_i / u_i^{\max}$, $M_{ij} = -\beta_{ij}$ ($i \neq j$) と定義すると、有限尊重原理は $M$ が M-行列(M-matrix)であること、あるいは対応する非負行列のスペクトル半径が特定の値以下であることと密接に関連する。これにより、本原理は線形代数的な安定性理論とも整合する。M-行列および非負行列の基礎理論については Berman–Plemmons (1994) を、対角安定性との関連については Berman–Hershkowitz (1983) や Arcak (2006) を参照されたい。また近年では、Metzler 行列のグラフ理論的安定条件 (Duan–Lam, 2021) や、構造付き行列の対角安定性 (Sun, 2023)、LMI ベースのフィルタ設計 (Krokavec et al., 2025) など、関連する代数的構造の解析が深化している。

4. 調和同値性と逆問題

定義 4.1 (許容ベクトル場のクラス).
本稿を通じて,$\F$ は次の条件を満たすベクトル場の族を表す:
  • $F \colon \H \to 2^{\H}$ は定義~2.1 の正則性仮定を満たす。 すなわち,$F$ は上半連続であり,空でないコンパクト凸集合を値にとる (フィリポフ意味での微分包含を定める)。
  • $F$ によって生成される任意のフィリポフ解 $x(\cdot)$ に沿って, エネルギー $V_i$ の時間微分は仮定~2.2 の評価 \[ \frac{\diff}{\diff t} V_i(x_i(t)) \;\le\; - \kappa_i \bigl(\T_i(x_i(t))\bigr)^2 + \T_i(x_i(t)) \sum_{j\neq i} \beta_{ij} \T_j(x_j(t)) \] を満たす。
  • 各ポテンシャル $V_i$ と観測 $\T_i$ は, 仮定~2.3 の境界評価 \( \ell_i \le \T_i(x_i) \le u_i^{\max} \) を満たす。
$F\in\F$ であるとき,$F$ を 「(有限尊重原理の意味での)\emph{許容ベクトル場}」と呼ぶ。

定理 3.2 は十分条件を与えたが、以下の定理はこの条件の幾何学的な必然性を示す。

定理 4.1 (調和同値性 - Harmony Equivalence).
定義 4.1 で導入した許容ベクトル場のクラス $\F$ を考える。このとき、以下の2つの命題は同値である。
  1. (Strong Invariance) 任意の $F \in \F$ に対して、$\Omega$ は前方不変である。
  2. (Respect Inequality) 全ての $i$ について $\Budget_i(\mathbf{R}) \le \kappa_i \ell_i$ が成立する。
補題 4.2 (局所極値ベクトル場の正則化).
$x^\ast \in \partial\Omega$ と $v^\ast = (v_1^\ast,\dots,v_N^\ast)\in\H$ が与えられ, 任意の $i$ について $v_i^\ast \in T_{\Omega_i}(x_i^\ast)$ かつ \[ \inner{\nabla V_i(x_i^\ast)}{v_i^\ast} = - \kappa_i \bigl(\T_i(x_i^\ast)\bigr)^2 + \T_i(x_i^\ast)\sum_{j\neq i}\beta_{ij}\T_j(x_j^\ast) \] を満たしているとする。 このとき,定義~2.1 および仮定~2.2 を満たすフィリポフ正則写像 $F^\ast \colon \H \to 2^{\H}$ が存在し, \[ v^\ast \in F^\ast(x^\ast) \] とできる。特に $F^\ast$ は上半連続で空でないコンパクト凸集合を値にとり, 定義~4.1 の意味で $F^\ast \in \F$ が成り立つ。
補題 4.2 の証明概略.
Aubin--Cellina 型の正則化の標準手法に従う。 まず,十分小さい半径 $r>0$ をとり, $x^\ast$ の近傍 $B_r(x^\ast)$ 上の単一値写像 $\tilde F \colon \H \to \H$ を \[ \tilde F(x) := \chi(x)\,v^\ast \] と定める。ここで $\chi$ は滑らかなカットオフ関数であり, $\chi(x^\ast)=1$,$B_r(x^\ast)$ の外側で $\chi(x)=0$ とする。 $V_i$ の $C^1$ 性と $\nabla V_i,\T_i$ の連続性により, $r$ を十分小さく取れば,$B_r(x^\ast)$ にとどまる任意の軌道に沿って 仮定~2.2 の右辺と目的の値のずれを 任意に小さく抑えることができる。
つぎに,$\tilde F$ のフィリポフ正則化 \[ F^\ast(x) := \operatorname*{co}\bigl\{ \lim_{k\to\infty} \tilde F(x_k) \mid x_k \to x,\; x_k \notin N \bigr\} \] (測度零集合 $N$ を除いた本質極限の凸包)をとると, Aubin--Frankowska の一般論 (例えば Aubin--Frankowska (1990), Chap. 2)より, $F^\ast$ は定義~2.1 のフィリポフ正則性を満たし, $x^\ast$ では $F^\ast(x^\ast)=\{v^\ast\}$ が成り立つ。 さらに,$r$ の選び方から, $F^\ast$ によって生成される軌道に沿っても 仮定~2.2 の評価を保てるように構成できる。 従って $F^\ast\in\F$ が得られる。
定理 4.1 の証明.
(2) $\implies$ (1) は定理 3.2 により既に示したので、(1) $\implies$ (2) を示す。 背理法を用い、(2) が成立しないと仮定する。

すると,ある添字 $k$ が存在して $$ \Budget_k(\mathbf{R}) > \kappa_k \ell_k $$ が成り立つ。このとき境界 $\partial\Omega$ 上の点ごとに $$ \Phi_k(x) := -\kappa_k \bigl(\T_k(x_k)\bigr)^2 + \T_k(x_k) \sum_{j\neq k} \beta_{kj}\, \T_j(x_j) $$ と定める。仮定 2.2 より, 任意の軌道と任意の $x\in\partial\Omega$ に対して $$ \dot V_k(x_k) \le \Phi_k(x) $$ が成り立つ。 $\T_i$ の連続性と $\partial\Omega$ のコンパクト性(注釈 2.3')から, $\Phi_k : \partial\Omega \to \R$ は最大値をとる。 その最大値を $\Phi_k(x^\ast)$ と置く。

一方,制約 $$ \T_k(x_k) \in [\ell_k,u_k^{\max}], \quad \T_j(x_j) \in [0,u_j^{\max}] \ (j\neq k) $$ のもとでの関数 $$ \psi(t_0,t_1,\dots,t_N) := -\kappa_k t_0^2 + t_0\sum_{j\neq k}\beta_{kj} t_j $$ を考えると, 右辺は $t_0$ に関して凹二次式であり, $t_0 \ge \ell_k$ 上では単調減少になるように尊重条件が設計されている。 したがって $$ \max \psi(t_0,t_1,\dots,t_N) = \psi(\ell_k,u_1^{\max},\dots,u_N^{\max}) = \ell_k\bigl(\Budget_k(\mathbf{R})-\kappa_k\ell_k\bigr) > 0. $$ よって $$ \max_{x\in\partial\Omega}\Phi_k(x) \;\ge\; \ell_k\bigl(\Budget_k(\mathbf{R})-\kappa_k\ell_k\bigr) > 0 $$ が帰結され,特に $\Phi_k(x^\ast) > 0$ を満たす $x^\ast\in\partial\Omega$ が存在する。

ここで,$x^\ast$ において不等式 $$ \sup_{v\in F_k(x^\ast)} \inner{\nabla V_k(x_k^\ast)}{v} \le \Phi_k(x^\ast) $$ の不等号を等号にする(飽和させる)ベクトル $v_k^\ast\in\H_k$ を 1 つ選ぶ。 例えば $$ v_k^\ast := \frac{\Phi_k(x^\ast)}{\|\nabla V_k(x_k^\ast)\|^2}\, \nabla V_k(x_k^\ast) $$ と置けば $\inner{\nabla V_k(x_k^\ast)}{v_k^\ast} = \Phi_k(x^\ast)$ となる。 他の成分 $i\neq k$ に対しては, 接錐条件を乱さない任意の $v_i^\ast\in T_{\Omega_i}(x_i^\ast)$ をとり, $$ v^\ast := (v_1^\ast,\dots,v_N^\ast) \in \H $$ と定める。

つぎに,上で構成した $x^\ast$ と $v^\ast$ に対して 補題 4.2 を適用し, $v^\ast \in F^\ast(x^\ast)$ を満たす $F^\ast \in \F$ を 1 つ固定する。

この構成から $$ \sup_{v\in F_k^\ast(x^\ast)} \inner{\nabla V_k(x_k^\ast)}{v} = \inner{\nabla V_k(x_k^\ast)}{v_k^\ast} = \Phi_k(x^\ast) > 0 $$ が従う。 補題 2.4 と注釈 2.5 によれば,これは $$ F^\ast(x^\ast)\cap T_{\Omega}(x^\ast)=\emptyset $$ に等価であり, ナグモの条件が破れていることを意味する。 よって $F^\ast$ に対して $\Omega$ は前方不変ではない。

しかし (1) の仮定は「任意の $F\in\F$ に対して $\Omega$ は前方不変」であるから,これは矛盾である。 したがって (1) が成立するならば (2) もまた成立する。
注釈 4.3 (現代的小ゲイン理論との比較).
定理 4.1 が示す「強不変性」と「尊重不等式」の同値性は、小ゲイン理論における「大域的漸近安定性 (ISS)」と「ゲイン行列のスペクトル半径条件」の等価性と構造的に対応している。2020年代以降の展開として、Cai–Fu (2023) の Network Gain Theorem、Marelli et al. (2023) の分散検証手法、Ofir (2024) の離散時間対角安定性、Hong et al. (2025) のマルチエージェント合意制御などが挙げられる。本稿の貢献は、これらと同様の大域的保証を、境界上のエネルギー収支という局所的な視点から再構築した点にある。

5. $\Sigma_{1}$ 実装への接続

上述の数学的保証を計算機システム上で実現するため、$\Sigma_{1}$(存在記号が1つだけの算術階層)に属する検証プロトコルを定義する。

アルゴリズム 5.1: 外向き丸めによる有限尊重検証

入力: パラメータ集合 $\Theta = \{ \alpha_i, \zeta_i, m_i, L_i, \kappa_i, \beta_{ij}, R_i \}_{i,j}$
出力: $\mathtt{Boolean}$

  1. 各 $i$ について、下限境界値 $\underline{\ell}_i \leftarrow \mathtt{round\_down}(m_i \sqrt{R_i/\zeta_i})$ を計算する。
  2. 各 $j$ について、上限境界値 $\overline{u}_j \leftarrow \mathtt{round\_up}(L_j \sqrt{R_j/\alpha_j})$ を計算する。
  3. 各 $i$ について、干渉上限 $\overline{\Budget}_i \leftarrow \sum_{j \neq i} \mathtt{round\_up}(\beta_{ij} \overline{u}_j)$ を計算する。
  4. 検証: $\forall i, \overline{\Budget}_i \le \mathtt{round\_down}(\kappa_i \underline{\ell}_i)$ が成立するか判定する。

このアルゴリズムが真を返すとき、定理 3.2 の仮定は浮動小数点誤差を含めて数学的に厳密に満たされる。

ここで、すべてのパラメータ $\Theta$ は有理数として与えられるものとし、 各有理数 $q$ は符号付き整数対 $(p, r) \in \Z \times \N$ を通じて $q = p / 2^r$ のように符号化されると仮定する。 丸め演算 $\mathtt{round\_down}, \mathtt{round\_up}$ は、 この符号化に対するプリミティブ再帰関数として固定する (例えば二進固定小数点表現に対する切り捨て/切り上げ)。

補題 5.1 (計算トレースのプリミティブ再帰符号化).
昇順の素数列 $(p_0, p_1, p_2, \dots)$ を固定する。 与えられたパラメータ列 $\Theta$ に対し、 アルゴリズム 5.1 の 1 ステップ分の状態遷移を有限個のレジスタを持つ抽象機械で表現する。
各状態を自然数 $c \in \N$ として符号化し、 レジスタ内容・プログラムカウンタ・フラグなどを 有限個のプリミティブ再帰的な射影で復元できるようにとる。 このとき、 $$ \mathrm{Step}(\Theta, c, c') $$ を「状態 $c$ から 1 ステップで状態 $c'$ へ アルゴリズム 5.1 の規則に従って遷移する」という二項述語とすると、 丸め演算を含めて $\mathrm{Step}$ はプリミティブ再帰的に定義できる。
さらに自然数 $m$ に対し、 $m$ の素因数分解 $$ m = \prod_{t=0}^{\infty} p_t^{e_t(m)} $$ を考え、指数 $e_t(m)$ を $m$ と $t$ から 素因数分解アルゴリズムによりプリミティブ再帰的に計算できるものとする。 各ステップの状態を $$ c_t(m) := e_t(m) - 1 $$ と定める($e_t(m)=0$ のとき $c_t(m)=-1$ とみなせば, 十分大きな $t$ では「未使用」の状態を表す)。
長さ $k(m)$ を $$ k(m) := \max\{ t \mid e_t(m) > 0 \} $$ と定義する(空集合の場合は $k(m) = -1$ とする)。この最大値演算も, 有界探索によりプリミティブ再帰的に与えられる。
以上を用いて,述語 $$ \mathrm{Trace}(\Theta, m) $$ を次のように定義する。
  • $c_0(m)$ が入力 $\Theta$ に対応する初期状態であること(これは $\Theta$ の符号化からプリミティブ再帰的に判定できる)、
  • 全ての $t < k(m)$ について $\mathrm{Step}(\Theta, c_t(m), c_{t+1}(m))$ が成り立つこと、
  • 終状態 $c_{k(m)}(m)$ が「出力 $\mathtt{true}$ を返した完了状態」であること。
ここで現れる量化はすべて $t \le k(m)$ で有界であるから、 $\mathrm{Trace}(\Theta, m)$ は有界量化のみからなる算術式、 すなわちプリミティブ再帰述語として定義できる。
定理 5.2 ($\SigOne$ 証明書としての有限尊重検証).
上記の符号化とアルゴリズム 5.1 を固定する。 $\Theta$ を符号化されたパラメータ列とする。
(1) ある自然数 $m$ に対し、 「長さ $m$ 以下の計算トレースが存在して、アルゴリズム 5.1 が入力 $\Theta$ に対し 出力 $\mathtt{true}$ を返す」 という性質を表す述語 $$ \mathrm{Trace}(\Theta, m) $$ はプリミティブ再帰的に定義できる。
(2) したがって、次の述語 $$ \mathrm{Respect\_Cert}(\Theta) \;:\Longleftrightarrow\; \exists m \in \N\ \mathrm{Trace}(\Theta, m) $$ は $\SigOne$ 形式(先頭に 1 つだけ存在量化子を持つ算術式)で記述可能である。
(3) 実数値パラメータに対応する真の値を $\Theta^{\mathrm{real}}$ とするとき、 アルゴリズム 5.1 が $\mathtt{true}$ を返すならば、 外向き丸めの性質により、定理 3.2 の有限尊重条件 $$ \forall i,\ \Budget_i(\mathbf{R}) \le \kappa_i \ell_i $$ は $\Theta^{\mathrm{real}}$ について厳密に成立する。 したがって、 $$ \mathrm{Respect\_Cert}(\Theta) \Rightarrow \text{「$\Omega$ は全ての許容ベクトル場に対して前方不変」} $$ が成立する。
注釈 5.3 (形式的算術との対応).
上記の構成により、有限尊重原理は $$ \SigOne\text{-述語 } \mathrm{Respect\_Cert}(\Theta) $$ の可満た性として機械可検証な形式に帰着される。 すなわち、与えられた $\Theta$ について $$ \exists m\ \mathrm{Trace}(\Theta, m) $$ が真であるか否かを、有限長の計算ログ(ADIC 台帳)を検査することにより 検証できる。これにより、連続時間の生存性保証が、 純粋に算術的な $\SigOne$ 証明書として実装可能であることが形式的に裏付けられる。 この種の Gödel 型符号化がプリミティブ再帰的であり, $\SigOne$ 公式として書けること自体は標準的な事実であり, 例えば Kaye (1991) や Hájek–Pudlák (1998) に詳しい。 本稿では,その枠組みを有限尊重原理に合わせて, 具体的な ADIC 台帳スキーマとアルゴリズム 5.1 のレベルまで 落とし込んでいる点に特徴がある。
参考文献