整合点の原理
Coherence-Point Principle: Abstract Form

GhostDrift Mathematical Institute

本稿では、数論的不等式(特に ABC 予想のような構造を持つもの)を理解するための統一的な枠組みとして「整合点の原理 (Coherence-Point Principle)」を提唱する。 異なる3つの数論的レンズ(期待値、典型値、算術的重み)が“ほぼすべての $n$” において同じ方向を向くとき、その交点を「整合点」と定義する。 この視座に立つことで、複雑な不等式の成立が、ある種の統計的必然として浮かび上がる。

本稿でいう「整合点の原理」は、GhostDrift 理論全体で用いる「整合性原理」の数論モデルである。 この原理は、異なる位相(期待値・典型値・算術的構造)が一点で同期することで、系全体に強い制約(不等式)が生まれるメカニズムを記述する。

1. 整合テンプレートと定義

乗法的な不等式を構造化するために、以下の「整合テンプレート」を導入する。

定義 1.1 (整合テンプレート / Coherence Template).
整数 $n$ に依存する量 $\Total(n)$ が、主要項 $\MainMass(n)$ と過剰項 $\ExcessMass(n)$ の和として $$ \Total(n) = \MainMass(n) + \ExcessMass(n) $$ と分解されるとき、この構造を整合テンプレートと呼ぶ。

ABC不等式のコンテキストにおける例: $$ \begin{align} \Total(n) &= \log n \\ \MainMass(n) &= R(n) = \log \rad(n) \\ \ExcessMass(n) &= \delta(n) = \sum_{p|n} (\nu_p(n)-1)_+ \log p \end{align} $$ ここで $\delta(n)$ は squarefull 部分(指数が2以上の部分)に由来する過剰な対数的重みを表す。

このような $\rad(n)$ や $abc$–トリプルに基づく定式化は、古典的な Hardy–Wright の教科書 [HW08, Ch. II] や、解析的・確率論的数論の標準的入門書 [Ten15, §I.1]、および abc 予想の概説 [Wal15] でも詳しく整理されている。 この分解において、主要項と過剰項のバランスが統計的に「整合」している点を定義する。

定義 1.2 (整合点 / Coherence Point).
パラメータ $X$ と $X$ に関する増加関数 $f(X)$、および定数 $c, \varepsilon > 0$ に対し、$n \le X$ が 整合点 であるとは、以下の2条件を同時に満たすことである。 $$ \begin{cases} \ExcessMass(n) \le \frac{\varepsilon}{2} \cdot f(X) & (\text{過剰項の抑制}) \\ \MainMass(n) \ge c \cdot f(X) & (\text{主要項の確保}) \end{cases} $$ ABC の場合、スケーリング関数として $f(X) = \log \log X$ を採用するのが自然である。
約束 1.3(平均と密度の記法).
本稿では、$X \ge 1$ に対し有限集合 $\{1,\dots,X\}$ 上の一様分布を用いる。 有界な関数 $F:\mathbb{N}\to\mathbb{R}$ に対して $$ \E_{n\le X}[F(n)] := \frac{1}{X}\sum_{1\le n\le X} F(n) $$ と書く。

部分集合 $A\subset\mathbb{N}$ の(自然)密度は、極限が存在する場合に $$ d(A) := \lim_{X\to\infty}\frac{1}{X}\#\{n\le X : n\in A\} $$ により定義する。本文中の「密度 $1$」「密度 $0$」といった表現は、この密度 $d(\cdot)$ に関するものとする。

この種の自然密度の扱いは、古典的な論文 [Dro89] をはじめ、近年ではモデル理論・SMT と自然密度の結合を扱う [ToZ25] や、さまざまな算術集合の自然密度を精密に評価する最近の研究 [LuoRen23, Tro21] にも現れる。
注意 1.4($X$ と $n$ のスケールの扱い).
本稿では常に、上限パラメータ $X$ を固定して $1\le n\le X$ を動かす状況を考える。 スケーリング関数 $f(X)$ について、次の約束をおく: 必要であれば、各 $n$ ごとに $X=X(n)$ を $n$ と同程度のスケールで選び、 $f(n)$ を $f\bigl(X(n)\bigr)$ と読み替えることで、上記の記法を完全に厳密化できる。 この種の「$X\asymp n$ の略記」は、確率論的数論の文献 [Kow21, §2] にも標準的な記法として現れる。

2. 整合点の原理 (The Principle)

この設定の下で、以下の一般原理が成り立つ。これは数論的現象を「整合性」の観点から抽象化したものである。

定理 2.1 (整合点の原理 / Coherence-Point Principle).
$X\to\infty$ とする。$f(X)$ を $X$ の増加関数で、かつ $X\to\infty$ のとき $f(X)\to\infty$ を満たすものとする。 $\ExcessMass,\MainMass:\mathbb{N}\to[0,\infty)$ が整合テンプレート $$ \Total(n)=\MainMass(n)+\ExcessMass(n) $$ を構成していると仮定する。

次の 2 条件が成り立つとする: このとき任意の $\varepsilon>0$ に対し、「整合点」でない $n\le X$ の集合の密度は $0$ である。 すなわち、ある密度 $1$ の集合 $S_\varepsilon\subset\mathbb{N}$ が存在して、すべての $n\in S_\varepsilon$ に対し $$ \ExcessMass(n) \le \frac{\varepsilon}{2}\,f(n),\qquad \MainMass(n) \ge c\,f(n) $$ が同時に成り立つ。

特に、同じ集合 $S_\varepsilon$ 上で $$ \Total(n) \le \Bigl(1+\varepsilon'\Bigr)\MainMass(n) $$ が成り立つ。ここで $\varepsilon' = \varepsilon/(2c)$ である。

期待値の一様有界性と密度 $1$ の下界から「典型点」を抽出する構造は、Erdős–Kac 型の結果や Turán–Kubilius 型不等式など、確率論的数論における標準的な枠組み [Ten15, Kow21, Sch07] によく似たパターンを持つ。

証明.

固定した $\varepsilon>0$ をとる。各 $X\ge 1$ に対し、「過剰項の条件」を破っている点の集合を $$ B_\varepsilon^{(\mathrm{ex})}(X) := \bigl\{1\le n\le X : \ExcessMass(n) > (\varepsilon/2)\,f(X)\bigr\} $$ と定める。約束 1.3 の記法の下で Markov の不等式を適用すると $$ \frac{\#B_\varepsilon^{(\mathrm{ex})}(X)}{X} \le \frac{2}{\varepsilon f(X)}\, \E_{n\le X}\bigl[\ExcessMass(n)\bigr] \le \frac{2C_0}{\varepsilon f(X)} $$ となる。仮定 $f(X)\to\infty$ と (A) より、右辺は $X\to\infty$ で $0$ に収束する。したがって $B_\varepsilon^{(\mathrm{ex})}(X)$ の密度は $0$ である。 この一様有界性+Markov 不等式から密度 $0$ を導く手順は、平均値定理に基づく典型的な「almost all」型の議論 [Ten15, §II.1] と同様である。

同様に、主要項の条件を破っている点の集合を $$ B^{(\mathrm{main})}(X) := \bigl\{1\le n\le X : \MainMass(n) < c\,f(X)\bigr\} $$ とおくと、仮定 (B) は $$ \lim_{X\to\infty} \frac{\#B^{(\mathrm{main})}(X)}{X} = 0 $$ という形に言い換えられる。すなわち「主要項の条件を破る点」も密度 $0$ である。

ここで、スケール $X$ における「整合点でない」集合を $$ \Bad_\varepsilon(X) := B_\varepsilon^{(\mathrm{ex})}(X)\ \cup\ B^{(\mathrm{main})}(X) $$ と定めると、 $$ \frac{\#\Bad_\varepsilon(X)}{X} \le \frac{\#B_\varepsilon^{(\mathrm{ex})}(X)}{X} + \frac{\#B^{(\mathrm{main})}(X)}{X} $$ が常に成り立つ。右辺の 2 つの項はいずれも $X\to\infty$ で $0$ に収束するので、 $$ \lim_{X\to\infty}\frac{\#\Bad_\varepsilon(X)}{X} = 0 $$ となる。これは、定理 2.1 の最初の主張 「任意の $\varepsilon>0$ に対し、整合点でない $n\le X$ の集合の密度は $0$」 をちょうど言い換えたものである。

後半の文章 「すなわち、ある密度 $1$ の集合 $S_\varepsilon\subset\mathbb{N}$ が存在して…」 は、この事実を $X\asymp n$ のスケールで読み替えた略記であり、 定義 1.2 の「整合点」の言葉に直したものである。 (厳密には、各 $n$ に対し $X=X(n)$ を同程度のスケールで選ぶことで形式化できる。 この点については注意 1.4 も参照のこと。) 以上で定理が示された。

3. 整合の3つの軸 (Three Axes of Coherence)

この原理を支えるのは、独立した3つの数論的現象(軸)の交差である。ABC 不等式を例に、その構造を紐解く。

軸 I:ExcessMass の有限期待値 (Probabilistic Axis).
過剰項 $\delta(n)$ は平均的には非常に小さい。$X\to\infty$ のとき、 $$ \E_{n\le X}\bigl[\delta(n)\bigr] = \sum_{p}\frac{\log p}{p(p-1)}\ +\ o(1) < \infty. $$ これは、squarefull な部分を持つ数が確率的に稀であることを示唆している。 squarefull(powerful)数に関する平均分布や進行列に沿った分布については、Chan による一連の研究 [Chan14 など] や、abc 予想を仮定した powerful 数への応用 [Cro20] が詳しい。また、squarefree 数と squarefull 数に沿ったエルゴード定理を与える最近の結果 [LiYi25] は、本稿の $\ExcessMass$ 軸を測度論的な視点から補完するものになっている。 なお、$h$–free / $h$–full 数上での $\omega(n)$ の分布を扱う最新の結果 [DKL24] も、$\ExcessMass$ の“ごく稀な逸脱”をより精密に測るための技術基盤を与えている。
軸 II:MainMass の典型的下界 (Normal Order Axis).
主要項 $R(n)$ はほとんどすべての $n$ で十分に大きい。 Hardy--Ramanujan の定理より、ほとんどすべての $n$ において $$ R(n) \ge \frac{1}{2}\log\log n $$ が成立する。これは MainMass 側で発現した「正規順序 (Normal Order)」の現象である。 $\omega(n)$ の正規順序が $\log\log n$ であるという Hardy–Ramanujan の古典的定理 [HR17, HW08, Ch. XXII] は、本レマの骨格そのものである。より現代的な導入としては、Murty による変種 [Mur20] や、$h$–free / $h$–full 数に制限した場合にも $\omega(n)$ の正規順序が $\log\log n$ となることを示した最近の結果 [DKL24] を参照できる。また、確率論的数論全体の体系的な導入として [Kow21] も挙げておく。
軸 III:構造的リフティング (Arithmetic Axis).
整数 $c$ に関する性質 $\mathcal{P}(c)$ を考える。 $$ \mathbf{1}_{\mathcal{P}}(c) := \begin{cases} 1 & (\mathcal{P}(c)\ \text{が成り立つとき})\\ 0 & (\text{それ以外}) \end{cases} $$ とおく。互いに素なトリプル $$ \mathcal{T}(X) := \bigl\{(a,b,c)\in\mathbb{N}^3 : a+b=c,\ (a,b,c)=1,\ c\le X \bigr\} $$ の上に、次の $\varphi$ 加重確率測度を入れる: $$ \mu_X(A) := \frac{1}{\sum_{c\le X}\varphi(c)} \sum_{\substack{c\le X\\(a,b,c)=1\\a+b=c}} \mathbf{1}_A(a,b,c), $$ ここで $A\subset\mathcal{T}(X)$ である。 このとき $\mu_X$ は本質的に $$ \nu_X(B) := \frac{1}{\sum_{c\le X}\varphi(c)} \sum_{c\le X}\varphi(c)\,\mathbf{1}_B(c) $$ という $c$ に関する $\varphi$ 加重平均と同一視できる。

もし $$ \lim_{X\to\infty} \nu_X\bigl(\{c\le X : \mathcal{P}(c)\}\bigr) = 1 $$ が成り立つ(すなわち $\varphi$ 加重密度 $1$ で $\mathcal{P}(c)$ が成立する)ならば、 同じく $$ \lim_{X\to\infty} \mu_X\bigl(\{(a,b,c)\in\mathcal{T}(X) : \mathcal{P}(c)\}\bigr) = 1 $$ も成り立つ。

したがって $c$ 単体での整合性(例えば $\MainMass(c)$ や $\ExcessMass(c)$ に関する整合条件)が $\varphi$ 加重密度 $1$ で成り立つならば、それは互いに素なトリプル $(a,b,c)$ の $\varphi$ 加重密度 $1$ 集合へと自然にリフティングされる。 $abc$–トリプルや $\rad(abc)$ に関する典型的な分布の振る舞い(例えば「ほとんどの $c$ で $\rad(abc)$ がどの程度まで小さいか/大きいか」といった問題)は、abc 予想の総説 [Wal15] や explicit 版に基づく応用 [KNS19] に詳しく整理されている。また powerful 数に対する応用 [Cro20] は、squarefull 部分に由来する「過剰項」の役割を強調する例になっている。 一方で、$\varphi$ 加重平均に基づく確率測度の枠組みをより論理的・モデル理論的に見ると、自然密度とスペクトラムの性質を結びつける最近の研究 [ToZ25] とも親和性が高い。

証明は、$\mathcal{T}(X)$ 上の和が $c$ ごとに $\varphi(c)$ 個の項を持つという事実から、 上記 2 つの平均が恒等的に一致することを観察すればよい。

注釈 (三軸の交点としての整合点).
ExcessMass(期待値)軸と MainMass(正規順序)軸、そして算術リフティング軸が一点で交わるとき、その交点が「整合点」であり、そこで $\Total$ が $\MainMass$ によって $(1+\varepsilon)$ 倍以内に拘束される。この構造的必然こそが、ABC 不等式の密度 1 における成立を支えている。

4. 非整合領域としての例外集合 (Incoherent Regions)

本原理の視点からは、予想の反例候補となりうる「例外集合 $E(X)$」は、整合条件が破綻している領域として再定義される。

詳細:非整合領域の構造

例外集合 $E(X)$ は以下のように分解される: $$ E(X) \subseteq \{ n : \delta(n) \text{ が過大} \} \cup \{ n : R(n) \text{ が過小} \}. $$ 予想の反例候補は「非整合領域(整合条件が壊れているところ)」として再解釈される。 完全な理論構築(例えば ABC 予想の完全証明)への道は、この非整合領域を単なる「密度 0」を超えて、真に例外的な規模(例えば $O(X/\log^A X)$ やそれ以下)まで削り込む問題に帰着される。

今後の展望としては、$\log\rad(n)$ の正規順序に対する例外集合の評価の強化や、大きな squarefull 部分に対する篩(sieve)法による評価の精緻化が挙げられる。これらはすべて、「整合圏から漏れる点がどれだけ少ないか」を定量化する試みである。 この種の「特定の算術条件を満たす整数の自然密度」を精密に評価する試みは、例えば $\sigma(kn+r_1)\ge\sigma(kn+r_2)$ 型の不等式に対する密度評価 [LR23] や、一般化 Fibonacci 数列に関する表現不可能な整数の比例を扱う研究 [Tro21] など、近年も活発に進展している。

参考文献